俺は帽子を外さない。
それが俺の流儀で俺の哲学で俺の信念。
だけど、それよりももっと大事な、あの人との約束だから・・・。



時は遡る-------------



子供の頃、俺はアークス船団のシップの一つに住んでいて
船団の市民を守るアークス達の活躍に憧れる一人だった。
暇を見つけてはハイスクールに通う同級生とアークスごっこをして遊んでいた。

「アークスが勝つから僕もアークスやりたい~誰か代わってよぉ」
「んじゃ、ダーカー役交代な」

当時も今も、子供の憧れはカッコいいアークス。
だからたとえごっこであっても、その役は常に人気の的だった。

「僕はげんしょ~、僕はしゅうまつぅ~なんたらかんたら~」
「悪いダーカーはアークスが成敗だーっ!!」

今思えば、ホントにアークスがどんな思いで戦っているのか
この時は考えも及ばなかった、つくづく子供だったと今更に思う。



そんなある日だった・・・。



俺の住んでいた市街地にダーカーの群れが侵入
けたたましい警報音と逃げ惑う人々の騒乱と混乱の中
俺は両親とはぐれてしまい、一人市街地を歩いていた。

あちこちで爆音つんざくような悲鳴が飛び交い
普段平穏だった自分のシップが、まるで見たことも無い空間へ一変していて
怖くて怖くて、膝は震えっぱなしで、奥歯がカタカタ嫌な音を立てていたのを覚えている。

そんな時、目の前の地面がぐにゃりと黒く歪んだかと思うと、その歪みの中から
赤黒い色をした4本足の生物が姿を現した。
赤い目を持ったそいつはカサカサと地を這い俺の眼前へと迫り前足を振り上げたその時



俺はあの人と出逢った・・・。



恐怖の余り閉じた目を開くと、目の前にいたはずの黒い生物は横たわり
へたり込んだ俺の前には深く黒い帽子をかぶった女性が立っていた。
薄い紅色の髪は肩まで垂れていて、振り返ったその顔の第一印象は「怖い」だった。

「君、大丈夫だった?」

振り返った時の表情は怖いと感じたのに、話しかけた表情はとても柔らかったのと
やっと人と出会えたことに、俺は思わず泣き出してしまった。

「ちょ、ちょっと・・・こ、困ったなぁ・・・」
「あー、こちら・・・市街地・・ブロックにて一般市民を保護、搬送をお願いします」
「ポータル転送位置を確認、ダーカーの撤退を確認しましたので保護対象と帰投をお願いします」
「了解しました、ほら、君・・・そうだ、名前は?名前はなんていうの?」

彼女の質問に俺は泣きじゃくる声で答えた。

「・・・・・・ツィンバロム」
「そっか、んじゃ、帰るよ、バロム」

彼女は俺の手をぎゅっと握ると泣きじゃくる俺を引き起こして避難区画へと移動してくれた。
その間、その手は一度として彼女は離さなかったことを今も俺は覚えている。



市街地の区画にあるコンサートホールが避難場所になっていて、多くの人が避難していた。

俺は彼女に連れられ両親の元に戻された。
両親はひたすら彼女に頭を下げ、俺は親父に頭をこづかれ母に抱きしめられた。
小さい妹はただただ泣きべそかいてた。

そんな安堵の空気を裂くように彼女の通信機が鳴ると同時に
避難所内の緊急アラームがけたたましく館内に鳴り響いた。

「・・・えっ!?新たなダーカー!?撤退したんじゃないの!?」
「撤退は陽動だったようです、そちらの避難場所に高熱源反応を確認しました」

そんな会話だったと思う。

俺の目線はコンサートホールの中空に煌く赤黒い禍々しい光に向けられていた。
避難所の人は我先にと外へ逃げ出そうとし、大混乱の様相を呈していた。
赤黒い光はやがてぐるぐると回ったかと思うと
先程見た四つ足の生物の何十倍も大きな生物に姿を変えた。

「あれは・・・!?ダーク・ラグネ!?こんな場所で!?」

ダーク・ラグネ、彼女は忌々しそうにそう呼んだ。

「市民の避難誘導をお願いします、私がアイツを引き付けます」
「分かりました、他にも複数の熱源を感知してますので、気をつけてください」

彼女は短めな通信を終えると、俺のほうを見て、深めに被っていた帽子を脱ぎとった。

「いい?これはお守りだから、これ持っててくれるかな?私が帰ってきたらちゃんと返してね

彼女はそう言って俺の頭に無理やり自分の帽子を被せると敵に向き直り
ダーク・ラグネに向かっていった。

「おねえちゃん!!」

俺が大きな声で呼ぼうとも振り向きもせず、彼女はダーク・ラグネの前足を攻撃し
その太い足を覆っている外殻を粉砕、バランスを失ったダーク・ラグネはその場に倒れこんだ。
見ていた市民から喝采がおき、その声に乗じるように彼女は頭部にある赤いコアを攻撃していた。

だけど、その戦っている表情は何故か嬉しそうで、笑っているようにも見えて
俺は遠くで見ながらも、ダーカーの恐怖よりむしろ彼女への恐怖を感じていた。

そして、彼女がコアを破壊し、ダーク・ラグネが活動を停止したと思われたその時
突如として彼女の上空に赤黒い渦巻きが現れた。
渦巻きは彼女の体を拘束するようにまとわり付くと、一瞬赤黒い光を放ち
その場から消え去ってしまった。

後に残されたのは、先程まで盛り上がっていた観衆と、言い知れぬ恐怖に包まれた静寂だった。



「・・・っていうのが、俺がこの帽子をかぶる理由ってわけだ」
「まったまた~、盛ってるじゃん、かなり」
「まぁ、イケメンだしな、そんな話があったほうがカッコいいだろ?」
ハイ、ハイ

そんな俺も今はアークスになり、色んな惑星を周り、色んな敵と出遭った。
だけど、彼女にはまだ会えていない。


この帽子を、いつか必ず、彼女に返す日を待つ。